店長おすすめの一枚 2002年11月

フェラ・クティ/ゾンビ

フェラ・クティ/ゾンビ
  1976年作品 ナイジェリア(アフロ・ビート)
  ビクター VICJ−60195

    曲目
 1.ゾンビ
 2.ミスター・フェロー・フェロー

ナイジェリアのミュージシャン。
フェラの父親は牧師で、母親は教師から政治運動家へと転身した人物。
反抗的な少年時代を過ごし16歳の頃から仲間を集めてバンド活動を始める。
1958年ロンドンに留学し音楽を学ぶ。
1968年前後ツアー先のアメリカにおいてマルコムXらの黒人解放運動に強く影響を受け、帰国後は一貫してパン・アフリカニズムに根差した曲を書き続ける。
アフリカのハイライフ、ジャズ、ファンクなどを一体化した自らの音楽をアフロ・ビートと名付ける。
そのストレートなメッセージは政府や上流階級の人々に危険視され弾圧を受け、不当逮捕・投獄数は知れない。
自宅およびその周辺をカラクタ共和国と呼び、一種の開放区としてバンドのメンバーや彼を慕ってきた者達とともに共同生活を送るが、1974年に警官隊に、1976年には1000人のナイジェリア軍の襲撃を受け、家を焼かれ母親を殺され住人達は打ちすえられ女達は暴行を加えられる。
しかし、彼はその弾圧を音楽とゆう武器を手に反抗を続ける。
AIDSに感染するが西洋医学による検査を拒み1997年死亡。
と略歴を先に書くとひいちゃいますかね?

このアルバムは警官隊に襲撃を受け不当投獄をされた後の76年の作品。
タイトル曲の「ゾンビ」とはナイジェリア軍隊の事。
「ゾンビーは命令されなきゃ動く事も出来ねえ。まっすぐ進め。ほら右だ。左向け左。よーし、あいつを殺せ!急ぎ足だ。ゆっくり進め。右向け右。左向け左。全隊止まれ。しゃがめ。立つんだ。帽子を取って敬礼!」
と歌い軍隊を痛烈に皮肉っている。
その事が後に軍隊を襲撃を受ける一つの要因にもなっているのだが。
フェラの曲はほとんどの曲が10分以上と長いのだがこの曲も例外ではない。
緊張感とスピードに満ちたビートからスタートし激しいホーンの応酬へとなだれこむ。
途中上記のヴォーカルを挟むが、約13分間息をつく間の無いような激しさと緊張感が続く。
彼のやっているアフロビートを言葉で説明をするのは難しいが、激しさ・緊張感・腰を打たれるようなビート、この3つは欠かせないだろう。
一番近いところでは、ジェームス・ブラウン(JB'S)のインストゥルメンタルの曲を、長くして緊張感・激しさをプラスしジャズっぽくアレンジした感じと言えば伝わるかな?
フェラの方がJBの影響を受けていますが。

ナイジェリアの情勢・歴史に明るいわけではないので細かい事は書けませんが、今の北朝鮮程ではないにせよ軍事国家で(クーデターが多い)貧富の差が激しいようです。
欧米へ擦り寄る事で更なる富を得ようとする政治家・軍部と、アフリカの文化伝統を守りアフリカ人としての誇りを叫び続けるフェラとでは一つも妥協点は無かったのでしょう。
そんなフェラが何度も不当に投獄されながらも死刑だけは免れ釈放されたのも、欧米の人権団体の手によるものだとゆう事が、いかにフェラの音楽が世界中で評価されていたかを物語るでしょう。

90年代半ばにはレア・グルーヴとゆう名の元に日本でも再評価されCDが多数再発売されました。
このような内容の曲をクラヴで踊っている日本人とゆうのも滑稽な気がします。
アフリカンとして歌われている内容ですが、日本人にも置き換えられる事かもしれません。
フェラは「一度録音した曲はライヴでは二度とやらない」といった内容のインタヴューを目にした記憶があります。
「聴き慣れた曲はメッセージとして伝わり難い」といった理由だったような気がしますが、まさにその通りと思ったものです。
フェラの子供達もミュージシャンとして活躍していますが、その代表格がフェミ・クティ。
フジロック・フェスティヴァルにも参加しているのでご存知の方もいるかと思います。
父親のスケールには遠く及ばないように僕には感じられます。
生きる事は政治であり戦いだとゆう事を音楽を通じて教えてくれた類稀な存在。
パンクやハードロックが子供の遊びだと感じられるほどの激しさの中に、一度身を置いて下さい。


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